Good-night baby



高く澄み渡った爽やかな空の下、
ちょっと蒸したり、そうかと思や急に冷え込んだり、
まだまだ気まぐれな秋のお日和かと思えば、
吹き付ける突風に上着がひるがえって思わず身を縮こめてしまったり。
秋だ秋だと言われていても、
なかなかそれらしい装いへ移行するのは難しかったこの秋で。
そうは言ってもさすがに11月ともなれば、
街路樹から降ってからからと躍る枯葉を見やりつつ、
手套はまだ早いかな、でもでもストールは要るよねと、
ファッション云々より寒さ対策としての考慮が
日常の装いにも優先されよう頃合いとなっており。

 『さすがに11月なのだし、ただのブルゾンより厚いの着た方がいいよ?』

白シャツ一枚はさすがにないないと
先月のぐんと冷えた頃合いから
風除けでしかなさそうな ぺらんとした上っ張りを着ている虎の少年へ。
そろそろもうちょっと厚手のを着なさいねと
わざわざ注意を与えた包帯巻き巻きの教育係さん。
はい判りましたといいお返事を返したくせに、
それから十日近く経っても改善されないままなので、
やれやれと洋品店まで連れてゆき、

『どうせ荒事で破ってしまうだろうからと、
 しっかりしたもの、新調したくないのは判らぬではないけれど。』

怪我には強くとも風邪や病気への抵抗力は人並みなんだろうに、
防寒装備は健康管理にも通じることだ、おろそかにしちゃあいけないよと。
若者向けの比較的お手頃なお店を勧めてくれただけじゃあなく、
Pコートとライトダウンとどっちが良い?
何なら裏ボアのズボンも揃えようか?なんて
試着やボトムのコーデュネイトまで付き合ってくれて。

 “新品や下ろしたてって何か嬉しいな♪”

敦の身に宿る“月下獣”という異能は、虎の能力を 見栄えごと降ろすそれなため、
悪漢との乱闘などという運びになって膂力強化にと務めれば、
その細腕があっという間に頼もしいそれとなって衣服が弾けるため、
結果としてシャツや靴がお釈迦になるのが難点で。
任務の最中のことなれば、経費として落としてもらえるものの、
それでもやっぱり気が引けたし、
防寒具にあたろう外套の類は 敦には長い間縁がなかったそれなので、
いつから揃えるものか、どんなものが自分に相応かなど、
まるきりの全然、見当もつかぬ代物で。
昨年の “孤児院の外での初めての冬”は、
やはり見かねた谷崎がファストファッション系の店に連れて行ってくれて、
もしかしたらスノボ用かもしれなんだ、丈夫で暖かいのを買い、
一張羅として冬じゅうずっと着ていたっけ。

 “あれをそろそろ出そうかなと思ってたんだけど。”

そんなところへ やれやれと苦笑交じりに、
今回は太宰さんがそれは軽やかなダウンのジャケットを選んでくれて。
肩を回したり腰をひねったりと、いかにも運動量が多い身にまとうことを確認し、
品が良いだけにちょっとお財布に厳しそうだなぁと困っておれば、
こういう時くらいは先輩らしいことさせてよと、
ふふーと笑って太っ腹にも支払ってくださったのには驚いたが。

 『おや、失敬だね。このくらいは持ち合わせているよ?』
 『いえあの、だって…。』

初めて出逢ったときだって、財布は川に流されたなんて言ってたお人だ。
それでとついつい意外そうな吃驚顔になっちゃった敦だったが、
その辺りにも覚えはあるのか、
もうもうと膨れた振りをしてから やんわり笑って許してくれた優しいお人で。

 「♪♪〜♪」

新品のダウンジャケットは着心地も素敵で、
暖かいだけじゃあなく、肩や背中もちいとも窮屈じゃあなくて。
時折髪を掻き回す風も何するものぞで、
小さな顎を襟元へ埋めつつ、鼻歌が出ちゃうほどにご機嫌なまま、
今日も無事にバタバタしたお務めを終えた白虎の少年。
まだまだ幼い顔立ちをささやかな幸いでもってほころばせ、
そんないとけない様子を
周囲をゆく人々から“あら微笑ましい”とこそり愛でられつつ、
寝起きしている寮へ戻ろうと、いつもの道を歩んでおれば、

  びこん と

そんなダウンのポッケからの呼びかけがあり。
おやと気づいて取り出した、探偵社から支給されてる端末ツール。
ぱかりと開くと電子書簡が届いており、

 「………?」

覚えのない相手からの不審なそれじゃあない。
そのまま登録するのは
国木田さん辺りに見られたらちょっと不味いかも知れないと、
幼稚な愛称のように見えるかも知れないが
大好きな中也をそうとしてあるように、
名前の方をひらがなで登録してあった相手からであり。
表情があまり動かぬため、いかにも無駄口をきかない寡黙そうな人性に見えるのだが、
言いたいことはきっちり主張するし、
電子書簡も…こちらに合わせてくれてのことか、
気の置けぬ間柄となったからなのか、
さほど難解な言い回しを綴る彼ではなかったはずだが、

 「??? どういうことだろ。」

手のひらサイズの液晶画面には、
りゅうというひらがなの差出人の名と、件名は空欄のまま、
すぐ下の本文の欄には、


  ___夕餉を済ませて拙宅まで、と


何ともぶっきらぼうな短い一言が綴られていただけだった。




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